昭和46年06月18日 朝の御理解
御理解 第54節
「徳のないうちは心配する。神徳を受ければ心配はない。」
心配する心で信心せよと、心配する心で信心せよ、徳を受けよ、徳のない間は心配する、私どもの場合様々な心配があります。そこで心配になるならなる丈け、心配の心で神様へ打ち向こうて行けとこういう訳です。神様へ段々打ち向こうて参りますと、あれ程心配であった事が段々心配が軽うなって来る、これはどうでもその心配が無くなる程しに修行でもさせて貰う、不思議に一生懸命に神様にお縋りさせて貰っておると、おかげを頂くと言った様な、その心が心の中に頂けて来る。
そこで心がいくらか安らいで来る。おかげを受ける、頂くと言う心の中に確心が出来てくると言うのが正しい、本当の安心ではない、信心させて頂いておると段々いわゆる心配、心配とは心くばりとある。信心させて頂いていろいろな事が分かる。こういう心配な事が起きてくるとは、こういう難儀とは、難儀心配のおお元がわかって来る様になる。そこでどういう事になって来るかと言うと、もう神様にお縋りをさせて頂いて、親先生のお取次頂いての事であるから、と言う腹が決まって来る。
それから頂ける安心が本当なものです。おかげになると言う事を段々心に強く感じて、心配が少なくなる様に感じて来る、ところが仲々難しい事ですね。けれども、そのままよと言う心、修行もさして頂く、改まりもさして頂く、いわゆる心配りさして頂きますと、成る程こういう難儀のもと、心配のもとと言うのは、自分が作っている、そこでそこんところが詫びる姿勢が生まれてくる。それから先は神様にお任せする以外にないと言う心、いわゆる腹の底から、そういうお任せすると言う心が湧いて来る。
そこから生まれて来るのが安心である。心配がなくなるのである。そういう信心が繰り返しなされて行くところに、やはり身に徳を受けて行くと言う、徳のない間は心配をする、だからお互いがたったこの位が心配である、不安である、そこで自分の信心の程度を判らせて貰わねばいけません。かと言うと信心しょるから心配しょらん、もうおかげになると確信しとる、これは余りもの信心、そういう人が自分の思うようにいかん、反対の事になって来ると、もう神様も当てにならんと言う事にもなりかねない。
そこで任せると言うか、ままよと言う心が生まれてくるところまで信心が進む、進められて参りますと、それが本当の心配はいらないと言う事になる。四神様は二代金光様ですね、船もろともの気になれば楽じゃと仰しゃる、船もろともと言う気になれば楽じゃと仰しゃる、この船が沈みやせんじゃろうか、波が高いが難船しゃせんじゃろうかと思うから心配になるのだ。船もろともの気になれば楽じゃと仰しゃる。
成る程そうだと思うですね。私が以前に頂いとる御教えの中に、死ぬまいと思う心が疲れる、死ぬまいと思う心が疲れるのだと仰せられる。兵隊さんで言うならば何時でもこの体はお国に捧げてあるのだと、すぐ天皇陛下の前に死ねれると言ういわば、軍人精神と言うものが出来て参りますと、そこには度胸と言う、山下奉文と言う偉い大将がおられましたですね、大東亜戦争の時、これはまあ大変な度胸のあった方だったらしいですね、あの方の参謀を務めておられた方が久富先生の遠縁に当たられる方。
参謀で生き残りはあの方只一人であった。栗屋と言う方でした。奥さんも御自分の里でありますところの金島の曽根と言うところでしたがね、私も一回お話に行った事があります。奥さんも肺病で倒れておられる、御主人も胸が悪いと言うのである。それを久富先生のところのお母さんが是非一ぺんお話に行ってくれ、こんな風で二人ながら枕を並べて寝んでいる、と言うのでお話に行ったんですけど、奥さんも大変偉い方のお嬢さんだったそうで、もう何と言うのですかね気位が高い。
栗屋さんと言う方は大変に出来たお方で矢張り参謀までなさったと言う方ですから、大変謙虚な方でしたが、私の話を聞いては下さったけれども、そんな事位で病気が治る位ならと言う気が強かったんじゃないかと思う。所が私がお話をさせて頂いた事の中に、例えば難儀なら難儀と言う元があるんだと、だからその元を訪ねるのだと、信心とはその元を正して頂くからおかげになるのだ。
例えば堀の水が濁って来る魚がアップアップ浮いておるどうしてこういうアップアップ言わんならん様な難儀な事になるだろうかと思う。そこで医者だ薬だと言う事にもなる、だから、このアップアップ言いよる魚を洗面器なら洗面器にとり出させてもらうと、一時は元気になるけれども矢張り洗面器の中であるすぐ弱ってしまう、これが病気なら病気とだけに取り組んでいる人の姿である。いや病気にだけ取り組んで医者だ薬だと言っている人の姿である。
ただ病気が治りたい解放されたいと言うだけの、だから此処によい薬があると言えば薬にたより、ここに呪いがあると言えばそれにたよるのである。それはけれどもよし治った所で、それだけの難儀と言うのは必ず残っておるのだと、そこでどうしてこの魚がアップアップ言うか、浮かねばならんのか、苦しまねばならんのかと言う元を尋ねるのだ、いわゆるその水上を探ねするのだ、そこに成程これなら水が濁ると言う元が分る。
そこで、その元を取り除いたら自然に澄んで来た、澄んで来たらそこにいる魚もまた元どおり元気になったと言う、これが信心によっておかげを受けるとはそう言う事なのです。いわゆるめぐりのお取払いが頂けれる。井戸は清水になるまで、段々清水になって行く、自然に清水になって行ける所から頂ける所のおかげがね、信心による所のおかげだと言う様なお話させて頂いた、その事が痛く心の中に残った訳ですね。
それから忘れましたけど十日か二十日かしてから、御自分がね椛目にお参りになりました。先日から遠い処をわざわざ出て来て貰っており有り難う、非常に律義な方ですからそのお礼に見えたんですねきっと、お神様にお願いすると言う事でなくて御礼に見えた。御承知でしょうがあそこの障子を明けて入って来る橋渡しのところに、私の頂いておる教えで一応三十一集めたカレンダーがありましたね昔、そのカレンダーにこの御教えがついている、「死ぬまいと思う心が疲れる。」
もうそれこそ、びっくりされる程しに感動された。私の話を聞いた時は、さほどには感ぜられなかったでしょうけれども、この教えに触れた時にですね、何と素晴らしい御教えであろうかと、今まで軍隊生活をなさって、それこそ死線を幾度も幾度も越えられた方である。しかも自分の主人である所の山下閣下、奉文と言う方の下に参謀として仕えておられた時代に、その奉文さんの精神と言うかね、魂にいつも触れておられた。
あの日支事変ですね、あの天津の市街戦の時なんかですけども、その方から聞いたですけど、もう鉄砲の玉が雨霰のように飛んで来る市街戦ですから、それこそ馬に乗ったまま頭を下げ様ともなさらなかったそうです。それは大した方だったらしいです。山下奉文という方は。あの死刑になられた訳ですが、断罪をなされる時に向かわれる時に、アメリカの新聞記者か何かがサインを求められました。
それにね、一寸そこまで行くと言う感じだったと、それを送り返して来ておる新聞をそのまま見た事がありますが、横文字風に山下奉文と、それこそ一糸乱れずの書き方をなさった、もうそこに行きよんなさるとです、断頭台に上っておられるその途すがらに、サインを求められと言う程しに、度胸が出来たお方じゃった。それがね何時もお国の為に天皇陛下の為に、打ち死ぬ覚悟が出来ておられるから、それが出来られたんです。
死ぬまい、死んじゃならん、弾丸が当たっちゃならん、そういう気持ちは何時もない訳です、そういうのが実際に自分も体験しておられ、そういう素晴らしい大将の下に居られたからそれが分かる。本当に自分たちが死ぬまい死ぬまいと、折角引上げて帰って来た、何にもならん死んじゃならんと思う心が疲れておる事を悟った、それからもうしげしげとお参りになる様になられました。御自分が先に元気になられ、そして奥さんがおかげ受けられた。と言うようなおかげを受けられた方であります。
だから通るところを通っておる人は、そういう分かるところは早いわけです。私共はそう言う心を信心に依って養って行こうと言う、例えば昨日の御理解の様にあれもおかげであった、これもおかげであったと、神様に一心にお縋りして、お願いして起きてくるそのすべてがおかげであると、分からせて頂く様な稽古を常日頃しておる訳ですから、もう何時でも神様と船もろともと言う気になれる訳です。
それはもうすでに徳を受けて行ってる証拠なんです。何かおかげになる、がむしゃらにおかげになる位のことを言う間はね、本当のものじゃない、それが自分の思う様におかげにならなかったら、もうがっかりせんならん、けどもそこにとにかく死ぬまいと思う、そういう心と対決した船もろともと言う気にならして貰えれる、それにはならばどういう信心をさして頂いたら、その様になれるかと一生懸命お参りをする。
一生懸命修行させて貰う、本気で教えも頂かして貰う、教えを頂けば頂くほど心配りが出来る様になる。成程自分自身の心の上に、いわゆる源が分かってくる、こういう風に濁って来る元が、この辺にあるだろう、あの辺にあるだろうと見当がおよそ付いて来る。こういう事じゃおかげが頂かれん筈じゃと言うのが朧気ながら分かって来る。そこでそこんところ取り組ませて頂いて改まることに一生懸命精進する。
不思議ですね改まる事に本気で精進する、教えを頂いて本気で研く事に精進をすると、不思議と今まで不安であった不安が無くなって来るです。それが完璧に出来た時に心配が無くなるのです。勿論お取次ぎを頂いてまあ難儀な問題でも、まあ先生がにこにことしてござったから安心。あれはもう十何年も前のこと、椛目で寝んどった夜中に久富正義さんが火急な事でお参りして来た、私は寝ながらお取次ぎさして頂いた。或るやはり仕事の事ですね、いうなら土方と土方の出会いです。
ですからね、それこそ血の雨の降らんばかりの事に事態がなっておる、今からそこに出向こうと言うような問題。いま私はその時に申しました事はよく覚えてませんけれども、日頃何の為に信心しよるか、まあいろいろ言いました。その時しかし正義さんが、ああこれは心配する事ちゃないと言う風に分かった事はね、私が寝ながらお取次ぎした事が、これは心配する事じゃないと思うたと、後で言っとります。
親先生が何か一生懸命で御祈念なさったら不安だったけど、寝ながらの御取次ぎだから心配ないと思うたと、おかげで血の雨は降らずに済んだ、円満に済んだ。或る料亭で向こうの親分連中と正義さんが一人で行きました。まあ言うなら正義さんが敵地に一人で乗り込んで行くのですから、大変な苦労でございましょうけれども、もう言うならば船もろ共になるとまでは行かなかったでしょう。
死ぬまいと思う心が疲れるとまでは行かなかったでしょうが、お取次ぎを頂いて、お取次ぎ頂いた先生の態度で安心が出来た、おかげで円満に解決した。ですから如何に心配をすると言う事が、おかげの元にならんかと言う事が分かりますから、だからその心配する心で信心せよと、心配が取れるならば本気で改まれ、もっと修行しろ、本気で頑張って見れ、その頑張りが段々本当なものになって来るに従って心の不安焦燥がなくなって行くものではなかろうか。
皆が心配があってお願いに来る、そして心配な事をずらっと御神前に並べてその願いを御祈念する、そしてずらっと並べた心配を又持って帰るからおかげにならん、と言われております。だからここに参らせて頂いたらどんな心配でも、せめてその心配が半分になって薄らいだ、もう心配はお広前に置いて帰れるところまでなって行かなければ本当のおかげになって来ん。そこに先生と皆さんとの間にね、拝み拝まれると言った様な間柄が日頃出来とらにゃいけんと言う事になります。
うちの親先生がお取次ぎして下さったんであるから、もう右左はもう親先生にお任せしたとこう言うのです、病人がある時にあちらの病院にもこちらの病院にも行った、そこでまあ日本一と言われる先生に診てもろうて、そしてもういけんと言うのならば、もう諦めると言う風に申しますでしょうが、あの先生に手を握ってもろうて死ぬのならもう致し方がないのだ、合楽の親先生にお取次ぎ頂いて、もうそれから先は右になろうが左になろうが、それはお取次ぎさして頂いての事であるから。
安心だと言うのは、真に信ぜられるものが無ければそう思えられないでしょう。親先生はもう録な人じゃなか、家の先生はもう信心が弱い、例えば家の先生の非難どもする様であっては、いよいよ真逆の時はその先生は役に立たんごとなる。親先生の言わっしゃる事、その通りになっとけば間違いないと言う体験を積んだ上に積んどるからこそ、いよいよの時には親先生がにこにこしておられるから、そげん心配する事じゃないばいなとか、寝ながらお取次ぎされた位じゃから。
これは余りがたがた騒ぐ事じゃないと言った事が腹が決まる様に、そういう意味に於いても取次をして下さる先生と取次がれる皆さんの間と言うものが、そういう蜜なるものから段々育ってくる信心と言うものでなければいけないと言う事がわかる。と同時にお道の信心は何と言うてもお徳を受けると言うことが眼目であります。いうならば、どの様な場合であっても心配をせんで済むと言うこと、驚かんで済むと言う事。
その驚かんで済む、心配せんで済む、自分の心の状態が育って行くことを有り難いと思い、楽しいと思うての信心生活、昨日、私は或る本を読まして頂きましたら、大阪の玉水の初代教会長湯川先生ですね、の事が書いてあるのを見せて頂いたら、何かの事で一日御祈念をしなかったら、二日目にそれを取り戻す為に随分と骨が折れると言う事を言うておられますですね。これはもう私も同感です。
これはどういう事を意味するだろうか、私ども御神前に出て御祈念をするからには、もう安心の出来るところまで御祈念を頂きます。心に本当に安心の出来るところまで一生懸命祈ります。ところが御祈念なら御祈念を一寸怠りますとね、普通なら一時間で出来るところを二時間かかっても安心が生まれて来ません。だから一日お参りが出来なかったらそれを取り戻すのに骨が折れる、今日申します安心の心と申しますか、心配せんですむ心と不安の心と言うものをいつも維持して行く事の為に。
日参もまた必要になって来るのであります。だから出来ない時には、その次にお詫びの印しに信心修行が出来なければ、為されて行かなければいけんと言う訳であります。参っても参らんでも何でも無いと言う時には、心の中に心配する心と言うものは、まあ目に見えないところにね、何にも心配な事はないから、それは安心しとる様なけれども安心と言う事ではない、何かが起こったらもう慌てふためかねばならない。
本当言うたら障子一重がままならぬ人の身でありますから、何時どのような事が起きて来るやら分からん、それが人間の生きておるものの之は世の中の実相と申しますか、それが本当の姿なんです。今は平穏無事であってももう一秒間先はどう言う事があるやら分からんのである。ですからそういう中にあって、安心しておれれるという心が信心でいう安心である。それは徳を受けてくると言うとそういう心配がなくなって来る。平穏無事だから安心しとると言うのは、本当言うたら横着なのである。
徳を受けての心配がないと言う境地を目指して貰うと言う事が信心であります。まあ日々お参りさせて頂いとるから、おかげで心配はないと言う生活、それは有り難い、それをもっともっと厳密に申しますとです、さあいざと言う時に慌てんで済む、心配せんで済むという程しのおかげを頂いとるとき、はあ私はそのお徳を頂いて行きよるなあ、お徳が増えて行きよるなあと言うことが分かる。
心配はだからお徳を受けて行きよるか、行きよらんかの一つの尺度になるもの、そこのところが確固たるものになる事を楽しみにする信心。そういう信心にもう限りのない、本当に心配せんで済む程しのおかげ。金に心配する、健康に心配がある、人間関係に心配をする、そういうものが無くなって来る、勿論心配せんで済むおかげを頂いて来る。そういう私はおかげを目指す、それは信心のお互いのぎりぎりの目指しであり焦点でなからなければいけません。
徳のない間は心配をする、神徳を受ければ心配はない、所が実は心配がある。そこに自分の信心を悟らして貰って、本当に心配が無いと言う境地を目指さして貰って信心の稽古をさして貰う。そうするとどうしても日々の信心修行が楽しうなって来る、改まって行くことが楽しうなって来る、本気で研かして頂く事の度合いが強ければ強い程、深ければ深い程安心の度合いも深く広くなって来る。
そしてそこに生まれて来る心配と言うのは、心配というのは限りがないでしょうけれども、大きな意味合いに於いての心配。小我をすてて大我に生き抜かせて頂く信心になって参りますと、いわば天下国家の事が心配になって来る。だからその事もまた本気で願わなければおられない、祈らなければおられない。だから、いうならば心配の程度もです、高度の心配はさせて貰う位のおかげを頂かなければいけない。
ほんの自分だけの事、自分一家の事だけが心配な間は、一番程度の低い時だと思わなければならない。その事はもう神様にお任せ出来る、けれども信心のない人の姿を見ていたら、もうハラハラするごと心配する。そこに大きな願い、いわゆる世界真の平和、又は世界総氏子の身の上安全と言った事が本気で心配になるから、それを祈らして貰う祈りでなからなければ、ただ称え言葉だけであってはいけないと言う事が分かりますね。
どうぞ。